脂肪酸は、様々な生体反応に関与します。私たちの研究室では、脂肪酸の働きに関わる分子機構を解明するために、個体・細胞レベルでの解析を行っています。着目しているのは、脂肪酸結合蛋白質(FABP)という分子です。FABPは、アラキドン酸やドコサヘキサエン酸(DHA)などの水に不溶な長鎖脂肪酸に結合し、可溶化することによって、細胞内の様々な機能に関わると考えられています。FABPは、分子ファミリーを形成し、器官や細胞種により多様な発現を示しますが、私たちが興味をもっているのは、免疫系細胞や脳におけるFABPの機能です。脂肪酸が関与する免疫の調節や、記憶や情動活動などの脳機能に対するFABP分子の関与機構を生体・細胞レベルで解明することによって、ヒトの炎症性疾患や精神神経疾患にアプローチしたい、と考えています。
脂肪酸は生体にとって不可欠な栄養素であり、あらゆる生命現象に関与します。脂肪酸の過剰摂取が肥満や糖尿病の原因となり社会的な問題となっている一方で、脂肪酸の摂取不足が疾患を引き起こすことも知られています。
脂肪酸は二重結合を持たない飽和脂肪酸と、二重結合を持つ不飽和脂肪酸に分けられます。
二重結合が複数存在する多価不飽和脂肪酸はさらに、二重結合の一によってn-3系、n-6系、n-9系といった脂肪酸に分類されます(図1)。n-3系とn-6系脂肪酸摂取比のかたよりが細胞内資質に変化を及ぼして、記憶学習や免疫担当細胞のサイトカイン産生に影響を与えるということが栄養学的に知られています。
統合失調症やうつ症状などの精神疾患、リウマチや乾癬などの免疫系疾患の進行が脂肪酸の摂取と関わりがあることが栄養学的に知られています。しかし、その細胞内分子メカニズムの詳細についてはいまだ解明されていません。 FABP(脂肪酸結合蛋白質)分子は水に溶けない脂肪酸の細胞内キャリアーであると考えられている 細胞内において、炭素数12個以上の長鎖脂肪酸は不溶性であり、長鎖脂肪酸が細胞内を移動するためにはこれに結合して可溶化し、生理活性を発揮させる分子が必要となります。その有力な制御分子として想定されているのは、我々が注目している脂肪酸結合蛋白質FABPです。FABP分子ファミリーには12種類に及ぶ分子種が同定されており、機能としては、脂肪酸の取り込みと代謝、リン脂質膜の構成制御、シグナル伝達の制御、転写制御などが考えられています(図2)。
表1は我々が明らかにしてきたFABP分子の細胞絵の局在で、実に多様な器官・細胞に発現しています。個々のFABP分子が持つ生体機能については、まだほとんど分かっていませんが、このように広範に存在する事柄、食物を含めた広い意味での脂肪酸環境と個体および細胞応答に関わり、脂質恒常性維持のmodulatorとして機能していると考えられます。
我々は、多種多様なFABP分子の発現が調整されることによって、生体の働きや病変を調節できる可能性があることを報告してきました。神経系では脂質の取り込みや細胞の分裂に関与し、神経可塑性の調節を行っていると考えられ、免疫系ではサイトカインの産生を介して炎症の制御を行っていると考えられます。FABPは脂質を介した恒常性の維持・細胞応答のModulatorとして機能している可能性が高く、現在さらに機能の解析を進めているところです。詳細は業績の項目をご覧ください。